「傘寿?」
桑原 徹
今年6月に業務で岩手県遠野市に赴き、帰り道で偶然土木遺産の宮守川橋梁(通称:めがね橋)の前を通りました。後の予定もあり、じっくり観ることができず遠方から眺めただけでした。
この宮守川橋梁はご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、大正4年11月に花巻・仙人峠間を岩手軽便鉄道(現:JR釜石線)として開通し、当初鋼鈑桁橋であった達曽部川橋梁(通称:岩根橋)を改修する昭和18年する際、共にRCアーチ橋(橋長107.3m・9.8m×2連 19.2m×4連)として建設されたもので、宮沢賢治の童話「銀河鉄道の夜」のモチーフになったと云われております。
建設後80年、人で云えば傘寿の祝いとなる歴史を積み重ね、現役で供用されていることの貴重さ素晴らしさに感動します。鉄道橋は道路橋と違い機関車の時代を経て荷重が小さくなっている要因もあるかもしれません。
建設当時の示方書は昭和6年に土木学会で鉄筋コンクリート標準示方書が策定されているため、これを基準として設計・施工がなされたのではと推測します。当時のコンクリート配合は容積比でセメント:砂:砂利=1:2:4、W/Cは55%・60%・70%として練り混ぜはバッチミキサーによることを原則とされています。
現在のように交通網や運搬、施工ツールが充実していない時期での建設にはどれほどの苦労があったでしょうか。
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