役員の部屋|2020年2月

最終更新: 6月22日


大正11年のコンクリート


吉田 博輝



10年以上前に北上川の源泉にある神社に奉納されたコンクリートの獅(しし)を見に行ったことがあります。何かの雑誌に紹介されていたので、出張での移動中に見学した思い出があります。国道4号線のすぐ脇でした。北上川の源流ではなく源泉なのは、小さな泉に湧き出たものが源になっているためです。

 神社名は天台宗 北上山新通法寺正覚院。大正11年6月13日(98年前) 佐藤佐市郎さん(奥中山の開拓者)が奉納したと石碑に記されていました。

 約100年前のコンクリートです。この時代のセメントは一般の人も容易に入手できたのでしょうか。牙や口周りの損傷はありますが、全体としては比較的良好な状態に見えます。

この寒冷地で100年近くもよく頑張っていたものです。牙の部分に銅線と思われるものが見えていました。銅線などで形を作り、モルタルを積み上げて作成したものと思われます。現在の生コン(モルタル)で製作したとして、100年後は?


 神主の奥様のお話では、補修をしたとは聞いていないとのことでした。補修の必要性・補修方法・色合わせなどさまざまな考えが頭をよぎります。 

 奥様から、近くの太子堂にも佐藤さんが奉納したコンクリート製の獅がありますとのことで、そちらも見学。太子堂には、8体もあり、驚きです。佐藤さんのお墓もコンクリート製とのこと、さすがです。                                                   

                             源泉をお参り中 

下記に写真を示します。

北上山新通法寺正覚院

太子堂(奥中山高原駅の北側 街はずれ)